愛 | ガンガジとの対話
ガンガジが世界各地で様々な人々と行っている対話をご紹介します
愛は努力とは全く無関係です


質問者   

妹が肺癌と診断されました。
進行が非常に早く、私は心配と悲しみに打ちひしがれています。
肺がんは飲酒習慣のある喫煙者に多いと聞いていたのですが、妹は40年間タバコとアルコール漬けの生活をしていました。
私はこれまで、少なくとも20年の間、生活習慣を変えるようにと何度も彼女に話しました。
ですから、よけいに悲しみが募ります。

癌だと聞いたとき、私の心に大きな恐れが湧き上がりました。
診断されたのに、それでも生活習慣を変えないなんて、
一体なぜ自分の命を大事にしないのかと、
彼女に対する非難や怒りが、頭の中で渦巻きました。
自分に対するひどい無力感もありました。
私に何ができるだろうかと、いろいろな考えが頭の中で堂々巡りをしました。

つい最近私は、妹としばらく一緒に過ごしました。
妹は放射線や抗がん剤といった治療を行っています。40キロ以上痩せました。

やせた彼女の姿を目の当たりにしたとき、
私の心は、痛みで張り裂けそうでした。
そしてどうしようもなく愛があふれました。

とても大きな教訓でした。
彼女が、酒浸りだとしても、喫煙をやめられないとしても、
そんな事は、愛には一切関係がないんだと、気づいたからです。

生きていようが、死んでしまおうが、愛は変わらない。

ガンガジ   あなたの気づきが嬉しいです。

質問者    愛が溢れるなら溢れるままでいればいい。
ただ愛でいればいい。
努力して何かをする必要も、直したり変えたりする必要もないのですね。

ガンガジ   そうです。
なんとかせねばならない、救ってやらねばないない 、というような『ねばならない』は、何もないです。

質問者    何かをする必要はないんです。
ただ彼女の世話をしたいからする。
それ以外は何もしなくていい。

ガンガジ   そういうふうならば、彼女の世話は愛からやってきます。病気をなんとかしてやろうというようなものからではなく。。。

質問者    ええ。

ガンガジ   あなたは以前、ご自分でもアルコール依存の問題を抱えていらしたのでしたよね。
喫煙なさっていたのかどうかは知りませんが、アルコールに依存するのをやめるのが可能だということは、ご自分の経験から知っておられたわけです。

質問者    そのとおりです。

ガンガジ   やめる事は可能だ、という経験をご自分でしておられて、そうするように彼女にも助言をしてきたけれど、どういうわけか、妹はあなたの助言に従わなかった。

彼女がそのような生き方をしたのも、違う生き方をしなかったのも、すべてが神秘です。

妹は病気になり、
あなたは、愛に委ねた。

質問者    そうです。

私は自分がアルコール依存症だったという、自分自身の過去も含めて、今回のことで深く癒されました。
なぜなら、愛の中に妹を完全に包み込んだのは、
愛の中に私自身を完全に包み込むのと同じだからです。どんなに恥ずかしい過去という証拠があろうとも。。。

ガンガジ  すばらしいですね。

質問者   愛は努力とはまったく無関係です。
愛には制限がなくて、自由です。

でも、傷つかないという訳ではないです。(涙声で)
今抗がん剤の治療を受けている妹を思うと、悲しみで胸が震えます。

ガンガジ   私も今年姉妹を亡くしました。彼女も喫煙者であり肺がんでした。
私の母も肺がんで亡くなり、彼女はもちろんそれを見ていました。
でも喫煙をやめませんでした。
喫煙がガンを発症させたのかどうかは知りませんが、
いったい私に何ができたのでしょう。
愛で在る以外に。

質問者    そう。妹はやめられなかったのです。
私はやめたけれど、
彼女はやめなかった。

でも、それでいいのです。

ガンガジ   あなたが存在していて、妹さんは幸せですね。

質問者   
妹をとても愛しているんです。

私たちはそれほど近い関係ではありませんでした。
アルコールや喫煙という問題もあり、私たちは異なった人生を歩みました。
でも離れられない絆で結ばれていました。

愛です。

ガンガジ  そして、身体は惨めだとしても、
身体という形があるうちに愛を祝うことができるのは、なによりの癒しの力になりますね。
身体は回復しないかもしれないけれども、
深い癒しとなりますね。

質問者   はい。目の当たりにしました。一週間で、彼女が変容したのを。。。
愛によって。

あ、、それから、ジューサーによって。

ガンガジ   (笑い)

ジューサーね!
ジューサーも愛からやってきたのだから。(爆笑)

会場    (笑いに包まれる)

質問者   ギフトです。

ガンガジ  冷酷なギフトです。
そして私たちは、ギフトの中で、ただオープンで在り、、、裸でいることができます。
考えや生き方が異なっていたり、怒ったり、がっかりしたり、無感覚になったり、悲しくなったりと、いろいろなことが起きても、
愛で在ることが、できます。

あなたが皆の前で証明していますね。

質問者   失敗の人生でも、いつでも選択ができると気づきました。
どうもありがとうございます。

ガンガジ  どういたしまして。

私たちは人生の中で、何度も試されます。

けれどもそのつど、
もっと深いところに存在する ”真実” を選択することができます。
いまここに在る、ことができます。
何が起きていようが、こころをひらく選択があるのです。
これまで続けてきた習慣的な考えや行動に引きずられそうになっても、立ち止まり、
あれこれ判断するのをやめ、
心を開き、
何もわからない、何も知らない、と選択することが可能です。

あなたが、ご自身自分でそういう選択をすることができるのです。


































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愛でありたい
yama.JPG

質問者   静寂と、深い恋愛関係を築きたいです。
うわべだけの関係ではなく、深い関係です。

ガンガジ  あなたの問題だとかアイデンティテーの中でぶれることなく、
本来のあなたでいたいとおっしゃっているのですね。

質問者   その通りです。

ここに来て宣言したいと思いました。
静寂と、深く結びつきたいと。

ガンガジ   これは恋愛です。
あなたご自身との恋愛ですね。

異端であるとして、
自己愛という言葉に悪いイメージをお持ちの方が多いようですが、
あなたが今おっしゃっているのは、純粋な、輝ける自己愛です。

以前、私に向かって
『あなたはとても穏やかに見える』と、
言われた方がいました。
身体の調子が良いように見えるという意味だったのかもしれません。
でも、私の身体は決して快調ではありません。
胃腸の調子が悪かったり、膝が痛かったりと身体的な問題がいろいろあります。
でも、私は、愛の中にいます。
愛の中にいる心地よさがあれば、他の問題などはとるに足りません。

ですから、
本来のあなたで在る というのは、恋愛関係と同じだと申し上げるのです。
究極の恋愛です。

あなたが今おられる、まさにそこから始まります。
私たち皆にとって、
全く条件なしに自分自身を愛するのは、大変難しいですね。
最大の難関です。

あなたが自分を無条件に愛すると、
とても自然に、周りのすべての方々の中にあなた自身を発見するでしょう。
そうなると、あなたは、
誰かにあなたを愛してほしいというような見返りを探さなくなります。
愛されているからです。愛の中にいるからです。

聖なる結婚です。
意図することが必要です。
なぜなら、
あなたをこの恋愛から遠ざけようとする誘惑が大変多いからです。
たとえば、
自己嫌悪、無価値観。
『覚えているだろう? 自分がどんな人間かを。』
『また怒り狂ってしまったから、自分は愛に欠けた人間だ。』
『嫌なことを考えているから、自分は愛なんて語れない人間だ_』
このような、おなじみの考えが次々とやってきます。
まるで、昔の恋人が何度もやって来て、
「暗がりに戻ってきてよ。」と言っているようですね。

(笑い)

愛でありたいという意志。。。
秘密ですからお話ししたことはありませんが、

徹底的に愛でありなさい。

本当は愛と離れていることなんてできません。
愛の中に溶けてしまえば、愛とあなたの間に隔たりはありません。
深く抱かれれば、愛とあなたは別々ではありません。

あなたは愛そのものです。

質問者   素晴らしい知らせです。

ガンガジ  驚くような素晴らしい知らせですね。

愛がなければ、真理に価値などあるでしょうか?
愛がなければ、自由に価値などあるでしょうか?

愛は真理そのもの。
愛は自由そのもの。

質問者  でも恐ろしいです。
もし完全に愛であろうと意図をしたら、これまでの私の人生で得たすべてを失ってしまうのではないかと。

ガンガジ  その通り。
失うでしょう。

質問者   えっ? 

失うのですか?

ガンガジ  ですから、
今のうちに無くしてご覧なさいと申し上げているのです。
ずるずると先延ばしせず、今、無くしてご覧なさい。
何もかもすべてを、ここで今無くしてご覧なさい。
全部です。

それでもきっと、
こっそり蓄えておきたい何かがあるでしょう?

それも捨ててしまいなさい。

もちろん恐ろしいでしょう。
愛は破壊力そのものですから。

質問者   すべてを無くしたら、その時私は純粋な輝ける愛なのですね!

ガンガジ  その時あなたがどうなるかなんて、わかりません。
あなたがどうなるかなんてわかりませんよ。

質問者    ええ??

ガンガジ   気が狂った女となって、そのへんの通りをうろついているかもしれませんよ。

質問者    ああ、そうかもしれないと思いました。

(笑い)

ガンガジ   誰にわかるでしょう。あなたがその時どうなるかなんて。

ですからね、ここで重要な問いは、

その時あなたが、人にどう見られようが、
どのように思われようが、どのようなレッテルを貼られようが、
たとえ自分として機能することができなくなったとしても、
そういうことのすべてよりも、この愛が大事かどうか。。
なのです。

残酷な質問ですね。

質問者   。。。。

ガンガジ   恐れが沸き起こりますね。
でも、この恐怖を正直に見るのは重要です。

なぜなら、
この恐怖が私たちを、
『自分が危なくない程度の、ほどほどの愛』に留まらせてしまうからです。
自分が危なくない程度の愛で満足しておけば、
自分のイメージを保ち続け、機能していくことができますからね。

けれども、私たちに多くの贈り物をくれた人々を見てみると、
この人々は皆、何もかもを捨て、常軌を逸するほどに  ”愛した”  人々なのです。

最高の詩人、歴史上の偉大なる教師たち。
完全に愛に委ねた人々です。

「そうか、なるほどね。それじゃ、自分もやってみよう。」と、
都合の良いところだけをまねたり、つまみ食いして、
ほんのちょっとだけ愛いそうと、、、ふつうはそうですね。

でもあなたはここに出ていらして、
あなたの人生のすべてを、愛に捧げるとおっしゃいました。

完全に、愛で在りたいと。

そうですよね?

質問者    (うなずく)
この場でお話ししたいと思いました。

ガンガジ   サポートしましょう。

無慈悲で、、素晴らしく、、冒険的で、、
想像を絶した道です。

質問者    ええ。垣間見たことがあります。

ガンガジ   もちろん、そうでなければ、
そうしたいとはおっしゃらないでしょう。

質問者    ありがとうございます。
 











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愛にゆだねる



ガンガジとの対話をお読みくださる皆様

2011年は大変に大きな心の痛みを体験した年でした。

この世の現象には変化しない事柄は何も無いということ、
そして変化は時を問わずにやってくることを実感し、
形をもって生きていることのはかなさを痛感しました。

けれども同時に、
起きている状況や個人の感情の起伏とは全く関わりなく、
愛と静寂の空間が常にハートの奥からひろがっていることを、
そしてただ注意を向けるだけで、
即座に、境界も、理由も無い、この愛(home)に包まれて安息できることも、はるかにとってゆるがない体験となりました。

私は目覚めの道の入り口で、

『あなたはただ開かれて在りなさい。
あとはすべて愛がやってくれるでしょう。』

とのガンガジの言葉どおり、
ガンガジとともにーJapanという現象が表われ、
字幕付きのDVDが生じるのを、
ただ神秘的に感じながら傍観していました。 

この道は無限に深いとガンガジは表現なさいますが、
なんて素敵なのでしょう。 

下記に

2011年5月の、
ガンガジとはるかの対話の訳を掲載いたしました。
以前からリクエストをくださっていた皆様、遅くなりましたが
どうもありがとうございます。

世界中の方々が、ご自分の中に平安が存在することに気づかれますように。

あなたという現れの、わたしへ

Love,
はるか 

 



ガンガジ  ようこそおいで下さいました。

はるか   ありがとうございます。

あなたと一緒に、今ここでこうしていられること、
そして会場の皆様と共に過ごすことができることは、
素晴らしい幸運です。

先ほどあなたは、私たちに問いかけられました。

『常に、何を基にして生きたいのか?』
『どのようなときにも注意を向け、決して離れずにいたいのは何なのか?』と。

私の答えは、『愛』です。
私は、命のエネルギーのすべてを愛に向けていたいです。

ガンガジ  (微笑みながら)

そのとおりです。
真実です。
私たちは、選択の余地もなく、愛そのものなのです。

はるか   ええ。まったく。

ガンガジ  この真実をご存知であること。
そしてそれを語ることができるとは、最高の祝福ですね。

(ガンガジとはるか微笑み合う) 

はるか   他にも、掴んで放さずにおきたいものはたくさんあります。
魅力を感じる数々のものが。。。(笑い)

ガンガジ  それは当然です。

(笑い)

子供たちや家族。

はるか   ええ。

けれども
私はもうすでに十分すぎる程体験をしてきました。
形として現れている現象は、それがどのようなものであれ、いつかは消えてなくなってしまうことを。

しっかりと掴み、絶対に放したくないと思っていても、
始まりがある現象には終わりがあるのです。

ガンガジ   その通りです。

はるか    でも、愛は決して消えてなくなりません。
真実の愛は、どのようなときにも、 私のそばに、常に今ここに存在しています。
ハートの奥から決して変わることなく広がっています。

体験によって私はそれを知っています。

ガンガジ   まさにその通りです!

はるか    ですから、この愛に、ゆだねます。

ガンガジ   (嬉しそうに笑いながら会場を向き)

皆さん、驚きではありませんか?

私たちはだれもが皆、このような選択ができるのです。
選択の自由があります。

拒むのも、目を背けるのも自由です。
そしてゆだねるのも自由です。

実際には、
愛にすべてをゆだねるのは大変な恐怖でもあります。
なぜなら、
真実の愛はあまりにも巨大だからです。

そして私たちには、
家族や子供、特定の状況やある種の特別な状態といったような、
様々な現象への執着があります。
けれどもそのように人間として生きながらも、
常にここに存在している真実の愛に、このように委ねることができるのです。

私たちという存在そのものである、“愛”に委ねることは、
大変に自然なはずなのですが、
生きることの条件とでも言うのでしょうか、
不思議なことに、人はこの愛を拒否することを強いられます。

苦しみ、傷つく体験を重ねながら、
はるかのように、
『もうたくさん!!』と気づくまで。

はるか   私の物語をシェアーしたいとおもいます。

3月に地震が起きた時私は日本にいました。東京の南の郊外です。

大変強い揺れの後、
報道により何もかもが流されていく海岸の町の光景を見ましたが、
胸が張り裂けるような痛みでした。
それまで平和に暮らしていた人々が、突然流されてしまったのです。

親戚が海辺の街に住んでおりましたが、
彼女の家が流されたことは間違いないだろうと思いました。
けれどもすぐには安否を確かめる方法がありませんでした。

数日後から少しずつ、避難している方や、死亡が確認された方の名前が新聞に発表になりました。毎朝、大勢の亡くなった方々の名前を読むのが私の日課となりました。
つらい日課でした。

3週間後に、彼女の名前を死亡者の欄に見つけましたが、
彼女の家族がどこにいるのかはわかりませんでした。

困難な日々でした。
非常に深い悲しみを体験しました。

それだけではありません。
津波の後に原発の事故が起こり、
いまだに私たちの多くが多大な影響を被っています。
余震も毎日続いています。
先行きの見えない不安や、美しい国土が失われてしまったことへの激しい心の痛みがあります。

ガンガジ  (深くうなずく)

はるか   でも、
わき起こる考えを追うことを止め、
止まり、
注意をハートの奥に向けてみると、

愛が、確かに在るのです。

愛はいつでも今ここに、私のハートの奥から広がっているのがわかります。
変わらずに在ります。

今までもそうでした。
どのような困難な状況があったときも、
一度たりとも愛がどこかへ行ってしまったことなどなかったのです。

あなたにお会いし、このことに気づく以前は、
愛とは、 状況や、個人の感情や行動によって、わき起こったり消えたりする何かだと思っていました。
私や誰かが、どうこう “する” 事柄だと考えていました。

けれども、そうではありません。

愛は、誰かの行いや状況や、私や、彼や彼女の気分に左右されるような、現象ではありません。そのようなものとはまったく無関係に存在しています。

愛は、愛です。
常に、ここに存在しています。

愛には理由がありません。
境界もありません。

愛はただ存在しています。

おどろくような発見です。

ガンガジ    (深くうなずきながら、)

日本語では、love をなんと言うのですか?

はるか   ai です。

(胸を指して、)

I です。
英語の、私という発音は、日本語の愛という発音と同じです。

I  イコール 愛です。

ガンガジ   まあ!(とても嬉しそうに笑いながら)

アイ。。。

はるか    いつだったかあなたがおっしゃいました。
真実の私と出会うことはまるで恋愛だと。

その通りです。

私は、愛を、愛しています。
ここに在る、理由の無い愛に、完全に心を奪われました。

ガンガジ   (うなずきながら)

まさにその通りです。

何者もあなたからこの愛を奪うことはできません。
愛はあなたという存在の真実だからです。
存在そのものを奪うことなどできるはずがありません。

そしてあなたは教義を学んだのではなく体験をして発見をなさったのです。

生きることは、
悲しみや、胸が張り裂けるような痛み、怒りや恐れといった動揺の体験です。
人間として生きるとはそのようなことです。
悲惨な現象が起こります。
形を持ってこの惑星に生きている限りそれは自然です。
目を覆いたくなるような悲惨な現象が起こるのです。

でも、
愛がそこに無ければ 胸が張り裂けることもありませんね。
私たちが愛でなければ、 悲惨という現状は存在するでしょうか?
愛が無ければ悲惨だと感じ動揺することもあり得ません。

すべてが愛からやってくるのです。
愛は何もかもすべてを含んでいます。

はるか   愛は何もかもを含み、何もかもを包み込みます。

ガンガジ  まさにその通りです。

はるか   被災し、あらゆるものを失った人々によって愛が与えられるという、
驚くべきことが実際に今起きています。

すべてを失った人々が、
それでも心からの感謝の中にいるとき、
それを目撃した人々、なにも失わなかった人々に、深い癒しがもたらされています。

ガンガジ  あなたはなんと大きな贈り物を持ってきてくださるのでしょう。

これまでもそうでした。
あなたがこれまでしてくださってきた個人としての人生の体験からの気づきのシェアーは、私たち皆への大きな贈り物でした。
今回は日本という一つの国に起きた集団の体験のシェアーを通してもたらされました。

はるか   私の目には、
最終的に私たちを救うのが何であるのか、今たくさんの方が気づきつつあるように映ります。

(ガンガジうなずく)

はるか   私は愛に委ねます。 完全に。

ガンガジ  (笑いながら)

ええ。祝福しますよ。

あなたがそのように意図なさっていることが明確に拝見できます。
ありがとうございます。

はるか   あなたへの感謝をどのように表現したらよいのか私にはわかりません。

ガンガジ   (驚いた様子で)

まあ、、、
こちらこそ!

あなたの感謝のお気持ちは、はるかという人生の中で、
自ら形を成していくことでしょう。

今この場においてもそうです。
私たちが対話をするたびに、私たちが出会うたびに、
あなたの中から感謝が溢れているのをいつも拝見しています。
あなたの命そのものである、愛があふれています。

この体験をここであらためてシェアーしてくださりありがとうございます。
なぜなら、私たちは皆、惨事と無関係ではないからです。
誰もが、個人の惨事を経験しています。
そしてこのような大惨事が起きました。
新聞の死亡欄に記載されていた名前は、つい最近まで実際に生きていた人々の名前でした。死にたくなどなかった人々の名前です。人生があり将来があった人々です。
それぞれに、大切な人との関わりがおありだったことでしょう。
それが、一瞬にして失われたのです。

はるか   津波がやってきてから一分もたたないうちに流されてしまいました。

ガンガジ  ええ。すべて失われたのです。
この惑星から、そして人々の人生から、私たちに与えられた深い教えですね。

(ガンガジ はるかを見つめ)

愛そのものとしての自らの意識にめざめられた、あなたという特有の形をとおして、
語られた教えです。

(しばらく沈黙)

日本が真実の愛の中で成長していきますように。
そして世界中の他の国々に愛が広がってゆきますように。

(会場を見回しながら)

私たちは惨事の経験を通して非常に根本的なことが発見できます。
もちろん皆さんは悲惨な出来事など無くても、それを発見なさるかもしれません。

(会場笑い)

でももし、皆様の人生に惨事が起きたなら、、、
もう既に皆さんはお聴きになりましたね。
惨状のまっただ中にも愛が見つけられると。

(はるかを見つめ)

なんて美しいのでしょう。

ご自身を私たち皆にお与えになっているあなたに、
そしてご自分を、真実の自分自身にゆだねると宣言なさっているあなたに、
心から敬意を表します。

(ガンガジ合掌する)

はるか  (合掌)

ガンガジ  この愛を日本に持ち帰ってくださいね。

はるか   はい。

ガンガジ  津波が起きたばかりのときは誰もが胸を痛めました。
どうやって援助をしたらよいのだろうかと考えていました。
惨事が起きたとき、私たちは気遣うことで即座にお互いに繋がることができました。

でも次々と世界中に起きる新しい惨事と、忙しい日々の生活の中で、またはそれぞれの心の中や隣近所に起きる惨事に気が取られ、しばらくたつと忘れてしまいました。

けれども、
こうやって、いま、止まり、
あなたが持ってきてくださった贈り物を受け取ることができます。

そして、あなたという形のあらわれに、
私は心から敬意を表します。

(ガンガジはるかに頭を下げる)

はるか  (ガンガジより深く頭を下げる)

(会場笑い)

ガンガジ  お小さいお坊っちゃまは、いかがですか?

はるか   お気遣いくださりありがとうございます。
元気で過ごしております。

ガンガジ  ああ、それは良かったわ。

はるか   あなたに会いたいと楽しみにしているようです。

ガンガジ  まあ、それは素敵ですね。
私も楽しみにしています。

はるか    いつかきっと。

ガンガジ   ええ。そうですね。

そうそう、日本語の字幕付きのDVDができあがったのですね。

はるか    はい。
できあがりました。

ガンガジ  (会場に向かって)

ご覧になりたい方は日本語を勉強なさってくださいね。

(会場爆笑)

はるか   どうもありがとうございました。

ガンガジ  ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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理由を探すのをやめ、何もわからないままに生きてごらんなさい


質問者   私には双子の姉妹がいます。

そのことを大きな祝福だと感じるのですが、同時に災いのようにも思えます。

 

なぜなら、

 

私たちはお互いを完璧に知っているので、そう思うのですが、

 

彼女とのこの親密感は、とても早い時期、

母が受胎したときから始まっていて、子宮の中でもう既に育まれていたのです。

 

この深い親密感について今まではあまり考えた事がなかったのですけれど、

 

最近それを、他の人たちに理解してもらう必要を感じています。

でも、そのような親密感を知っている人はほとんどいません。

 

理解してもらえないのです。

私と姉の関係の深さを。

 

ガンガジ   私たちは、最終的には皆、双子の姉妹なのではありませんか?

 

質問者    え??

 

ガンガジ   私たちは皆、 最終的には双子ではないでしょうか? 

 

始まりと終わりにおいて。

 

質問者    ああ、なるほど。

 

ガンガジ    私たちは生まれ、ばらばらになります。

あなたたち、双子の姉妹のように。

 

質問者    私たちはバラバラではないのです。

私たちはくっついたままです。

 

ガンガジ   あなた達は、くっついたままではないでしょう?

双子には、実際、くっついたままの方もおられますが、あなたはそうではないですね。

 

質問者    私たちは違う形ですが、それがとてもつらいです。

苦痛です。

 

ガンガジ   そうですね。

 

質問者    最近私は、最悪の経験をしました。

 

ずっと一緒に生き、一緒に死ぬはずだというのに、

人生は、そのようにはなっていないという事を知りました。

 

大変落ち込みました。

 

ガンガジ   その通りですね。

ここにおられるすべての方にとってもまったく同じです。

 

あなたは双子の姉妹をお持ちですから、拡大されて見える訳です。

でも、ここにいる私たちのすべてがそうです。

 

同じところから始まり、終わりも同じです。

 

中間では、ある種の個が生じます。

 

でも、中間で、個という必要性の中にあって、同一なのは何でしょう。

あなたがお話しなさっている親密感のことです。

 

質問者    私が恐れているのは、

彼女を失い離ればなれになることで、

親密感に接する機会を失ってしまう事です。

 

ガンガジ   あなたは、彼女を既に失ってしまったのですね。

そうではないですか?

 

質問者    (うつむいて) はい。。。。。。。

 

わかっているんです。

 

失いました。

 

ガンガジ   では親密感はどこにあるのでしょう?

彼女を失い、親密感はどこに行ったのでしょうか?

 

質問者    。。。。。。?

 

ああ、

 

ここです。

 

(質問者、自分の胸に手を置く。)

 

私の胸にあります。

 

ガンガジ   (ニコニコしながら、)

その通り。

 

そこにあります。

ですから、それでもあなたは彼女を失ってはいないのです。

 

ただ、以前と同じではないだけですね。

 

前とは違い、

今という、

 

あるがままですね。

 

質問者   私たちはこれまでずっと離れたことがありませんでした。

あれも、これも、一緒にやってきました。

 

それなのに、急に、、、、。

 

ガンガジ   よろしいですか。

 

私が今お話ししているのが、

あなたと、あなたの双子のお姉さんのことではありません。

お分かりになるでしょうか?

 

私は、

あなたと、すべての方々との関係のことをお話ししています。

 

普通の人間関係では、違いが多くありますからそれほどにはお互いが反射されません。

お互いの相違が見えます。

 

あなたとお姉さんは双子の姉妹なので、お互いが反射し合って関係が拡大されています。お互いが同一であるように見えるのです。

 

でも、私がお話ししているポイントは、

皆同じだという事です。

 

おわかりでしょうか?

 

私とあなたは双子。

 

ご存知でしたか?

 

質問者   (ガンガジを見つめてうなずく)

 

ガンガジ   私たちは、皆、双子なのですよ。

ただ、見た目が異なっているだけです。

 

質問者   (ほほえみながら)

 

そうですね。

 

わかるような気がします。

 

ガンガジ   会場を見回してここにいる皆様をよくご覧なさい。

 

同じであることが見えます。

 

『同じだ!』と力まずに、

ただ、ご覧なさい。

 

質問者   私の中に恐れがあります。

 

他の人とは、親密にかかわれないのではないかという。

 

ガンガジ    たった今はどうでしょう?

この瞬間、親密な関わりはここにはないのですか?

 

たった今です。

 

質問者    あなたとの親密さを感じます。

 

それから、(会場をゆっくり見回し)

 

ここにいらっしゃる方々とも親密な関わりを感じるのですが、

でも、、、

 

ガンガジ   ではなぜ、恐れるのでしょう?

 

おなじみの、古いあなたの物語ではありませんか?

 

それは、ここにたった今ある現実とは、全く関係がありません。

 

質問者    ええ。それはわかるのですが。

 

ガンガジ   会場の皆さんを、ご覧になって見てください。

 

ほら。

あなたご自身で、よくご覧になるのです。

 

質問者   ええ。

 

(会場を見回し)

 

親密さがあります。

 

ガンガジ   そうでしょう?

 

質問者    ええ。

 

もう、生きていけるわ。

 

(爆笑)

 

ガンガジ   そうでしょう。

 

質問者    。。。

 

簡単なのかも。。

 

ガンガジ   そうです。

 

質問者    私は自分で自分を、人から引き離していたのですね。

 

家に帰れば、双子の姉がいてそれだけで満足でしたから、

他の誰とも、親密になる必要もなかったのですから。

 

ガンガジ   その通り。

 

素晴らしい幸運がやってきましたね。

今、できますね。

 

質問者    はい。できます。

 

ガンガジ   あなたの双子のお姉さんを、ここに探さなければなりません。

ここにも、そこにも、いらっしゃいます。

 

あなたは、似ている人を捜す必要も、

同じ意見を持った方を捜す必要も無いのです。

 

理由を探すのを止めてご覧なさい。

 

ただ、愛あるのみ。

 

ただ、開いてご覧なさい。

 

そうしたとき、

関係がどうあろうと、

全くそのようなことは問題ではなくなります。

 

もっと深遠です。

 

失う事の悲惨さを見るのも、歓びとなるのです。

 

質問者   はい。

なくすのは悲惨でした。

 

ガンガジ   そうですね。

 

愛の代償ですね。

 

でもあなたが、

愛に、ありのまま、

むき 出しのままでいれば、

 

得ることで失い、

失うことで、得ます。

 

そのときあなたは、

ご自分で何かをコントロールしているのではありません。

 

質問者    もう大丈夫かな。

やっていけます。

 

ガンガジ   やっていけるでしょう。

とても自由に、何も期待せずに。

 

そうなったときあなたの人生は、本当の意味で、実験となります。

 

質問者    楽しみになってきました。

 

ガンガジ   (うなずく)   

 

質問者   姉が教師でした。

あなたが話してくださったことを姉が教えてくれたのです。

 

ガンガジ   そうですよ。

私が彼女だと、申し上げたでしょ?

 

(笑い)

 

たったいま、あなたを私たちに捧げてご覧なさい。

あなたのお姉さんにすべてをあげてきたように。

 

私たちは、誰もが、もう、二度と会う事が無いかもしれないのです。

一期一会という言葉がありますね。

出会いの瞬間にあなたのすべてを差し出すのです。

 

名前を知らなくても、

どこに住んでいるかを知らなくても、

いい人なのか、悪い人なのかも知らなくても、

あなたを開き、差し出してご覧なさい。

 

その結果がどうなるかなど、知る必要もありません。

 

質問者   ありがとうございます。

 

ガンガジ   (しばらく目をつぶり、沈黙。)

 

(目を開け)

 

私たちは、心を閉じ、体験を閉じてしまいます。

ああ、これが自分の人生なのだ、

私はこんなふうなのだ、と、

決めつけてしまいます。

 

でも心を開いてみたなら、どれだけの可能性がある事でしょう。

あなたの物語は終わった訳ではありません。

続行中です。

 

この地球にも、人類にも、これからどのようなことが起きるか、誰にもわかりませんね。

 

キリストやブッダの影響が最終的にはどのようにあらわれているのか、

師と呼ばれてきた方々の影響がどう表れているかなど、

誰にもわかりません。

 

知る由もありません。

結果を知るには早すぎます。

 

実験は、続行中なのです。

 

そのことに意識的でいてください。

ものごとの結果が、

こうであった、とか、

こうであるべきだ、

と決めつけずに、

 

なにもわからない、というままに、生きてご覧なさい。

 

そのために私たちは出会うのです。

常に、初めてのように出会うのです。

 

以前と同じという事など、ありません。

 

 


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無条件に自分を愛するにはどうしたらよいでしょうか?


質問者    あなたにお会いできて嬉しいです。

ガンガジ   私もあなたにお会いできて、とても嬉しいです。

質問者    実は、去年の夏、子宮がんの手術を受けたのですが、手術後に使用された薬にアレルギー反応を起こして死にかけました。 私の意識ははっきりしていたので、医療チームが、私の身体をなんとかしようとしている間、すべてを観察していたのですが、そのときの私は完全に平安で、『何が起きたとしてもまったく大丈夫だわ』と感じていました。
24時間の絶対安静の後、私の身体は回復したのですが、しばらくの間は、あのできごとを思い出すたびに、あのような状況の中で、まったく平安でいられたということは、なんてすばらしいことだろうと思いました。というのも、あのとき、私は、 私のまわりの特に親密な人々との関係に関して、私には何も思い残すことや、やり残したことがないように感じられたからです。
ところが、その後2、3ヶ月経ち、元の生活に戻ったわけですが、私の中に、怒りや嫌悪感やあらゆる否定的な感情が、また前と同じように起こっているのが見えるのです。

どのような状態のときにも、自分を愛するにはどうしたらよいのでしょうか?

ガンガジ   すばらしい質問ですね。

完璧でないときにも、自分自身を愛するにはどうしたらよいか。

とても重要ですね。
会場の皆さんには、いかがでしょう。
重要ではありませんか?
(笑い)

ガンガジ   無条件に自分自身を愛するにはどうしたらよいか。

質問者    そうです。

ガンガジ   それではうかがいます。どうしたらよいでしょうか?

質問者    。。。。。。。。

ガンガジ   あなたご自身の深いところに問いかけてごらんになると、どのような答えがあらわれるでしょうか?

質問者    まずは、、、、
今いるところに止まり、
そして、何が起きているかを観て、
それから、何が真実であるのかを問いかけて、、それから、、、、

ガンガジ   そうですねえ。
それは、ちょっと複雑すぎませんか?
もっと、単純な答えは何でしょう。

質問者    深い静けさの中に、ただ居て、
何もかもが大丈夫だということを観る。

ガンガジ   もしかすると、もっともっと単純かもしれませんよ。 

質問者    ウ〜ン。

なんだろう?。。。。。。。。。
え〜と。
何も思い浮かばない。。

頭が真っ白になってしまって、、。

(笑い)

ガンガジ    そう。この、今の瞬間です。

あなたは、何もしていませんでした。
自分のマインドを観ることもせず、
息をすることも、
考えることもわすれてしまった一瞬がありましたね。

質問者   (笑い)

それはそうですが、、、私は、、
え〜と、え〜と、つまり、、、、、。

(笑い)

単純だとおっしゃるけれど、
私の頭の中には、考えがすぐに戻ってきてしまいます。

ガンガジ   それではね、

いかがでしょう。

あなた自身をいつもかわらず愛さなくてはならないなんて、どこのどなたがおっしゃったのでしょうか?

あなたのご主人を、いつも、どんなときも愛していらっしゃるのかしら?

質問者    いいえ。
それは、そうではありません。

ガンガジ    そうでしょう?
ご主人を、嫌いな時って、おありではありませんか?

質問者     はい。

ガンガジ    嫌いな時は、嫌えばいいんです。
あなたご自身のことがお嫌いなように。

(爆笑)

質問者    それをうかがいたかったんだと思います。

ガンガジ   でもね、彼を愛していらっしゃるでしょう?

質問者    はい。そのとおりです。

ガンガジ   あなたは今ね、
感情というレベルのことを、ここでお話なさっているのです。

感情は感情でしかありません。
天気と同じで、移り変わります。

感情を感じているときは、真理を感じていないわ。
とおっしゃるかもしれませんが、
感情よりももっともっと深いところに、真理、真実があります。

感情がどうあろうと、
あなたがどのように感じていようと、
真実は存在し、変化することがありません。

ある感情はとても心地よいものですが、中には、とても居心地の悪い感情もあります。
でもそれは、気候とおなじです。
心地よい天気もあり、全くそうではない天気もありますよね。
人間と呼ばれるこの動物の感情を、感じることを許してみてはいかがでしょう。

感情がどのようであれ、もっともっと深奥の核心に、
命の炎、真実があります。

質問者    常に完璧でいたいという女の子が、ここにいるんです。

ガンガジ   そうですね。
その子は、どこにいるのでしょう?

質問者    作りあげられた、偽物です。

ガンガジ   あなたがおっしゃる完璧さは、どこからやってきたのでしょうか?

皆さんは、イエスが、完璧だったと思われますか?
私たちが教わってきたように、まったく完璧だったのでしょうか?

いいえ。そうではありません。
あなたのまわりに、彼のことをよく知っていた女性たちと同じような女性たちがいらっしゃるでしょう。   

(笑い)

ブッダはどうでしょう?

彼の奥さんと子供に聞いてみたらいかがでしょう?
みんな捨てて出て行ってしまいましたよ。

(笑い)

ラマナは完璧だったでしょうか?
お兄さんに聞いたらおわかりでしょう。
お兄さんのお金を盗んで、家出をしたのですよ。

ですからね、
私たちには、完璧という概念があるんです。

先ほど、理想について話がありましたが、
とても危険です。
幼稚だからです。

私たちは、理想像を心に思い描き、
それをめざしてがんばりますが、
理想をつかみとることはできません。
なぜなら、
理想像とは、作り上げられたもの、
偽造されたものだからです。

私たちはどうあるべきか、
彼らはどうであるべきか、
あれや、これは、どうあるべきか、
神とはどうであるべきか、というように、
理想像を追いかけて躍起になっていると、
私たちの人生は、どんどん、どんどん小さく狭くなっていきます。

理想化は、誤りです。
あなたの人生を盗み取ってしまいます。

理想像は、あなたの知識が作り出しています。

『どういうふうであるべきかは、私がよく知っているわ。』
『どういう私であるべきかは、私がちゃんと知っているわ』
『こういう場合に、こんなふうに感じるべきではないことはちゃんとわかっているわ』
『もし私が悟っているのなら、こんなことを考えるはずがないわ。』
という具合ですね。

(笑い)

どうでしょう。
とっても重いでしょう?

先ほど私が、
あなたのご質問をあなたに問い返したとき、
『いったい、なんと言っていいのか、さっぱりわからない』
というその一瞬がおありだったようにお見受けしました。
どうすべきかわからず、どんどん突き詰めていかれたけれど、
まったくわからなかった訳ですよね。

その瞬間は、完璧ではない瞬間でした。

もちろん、
私たちの頭の中には、
どうするべきか、どうすれば完璧か、という概念が刷り込まれていますから、
当然、考えはすぐにわき起こってくるでしょう。
そんなものは、もう私の中にはないのよ
と、言ってみたところで、
わき起こるものは、わき起こるでしょう。

しかし、
その瞬間、
どうしたらいいのか、さっぱりわからない、
何がなんだか、わからない、という、
そういう不完全さを、ご自分に許し、
わからないままでいる。
完璧でないままでいる。
まったくお手上げの状態、
完璧になりたいけれど、ほんのすこしも希望がないままでいる。

そうすると、
いかがでしょう。
重荷がなくなりませんか?
とっても自由ではありませんか?

その瞬間は死に直面する瞬間です。

決して死なないという、あなたの肉体の理想。
それがなくなったなら、
残るのは死です。

平安ですね。

私たちの思考は、常に『それ』をつかみ取ろうとします。
真実、平安、愛、、なんと表現してもかまわないのですが、
『わかっているわ。無限でしょ。』という具合にです。
(笑い)

けれども、どのような考えも、『それ』を封じ込めることなどはできません。


ですから、すべて忘れてしまってごらんなさい。
そうすれば、瞬間的に自由になります。
生き生きとするでしょう。

目覚めは、あなたの考えや概念、知識や理解など、脳の行為から自由なのです。

私が申し上げているのは、要するに、
あなたの考えを信用しないということです。
思考よりももっと、深いところにある、
『それ』を信頼することです。
思考を嫌悪したり、どこかに追いやってしまう必要はありませんが、
思考を信用しないことです。

昨日、何が本物であるのかということを、どなたかがお話しくださいましたが、
パパジはこのように表現なさいました。
『ほんものとは、
変化しないものだよ。』

そうです。
真実は、現れたり消えたりしません。
変化するものは、真実ではありません。

私たちは、全く逆に考えていますね。
椅子やテーブルや、人や、感情といったものを、本物だと考えています。
しかし、それらは消えてなくなることがありますね。

現れたり、消えていったりしないもの
それはなんでしょう。
それこそが、信頼するに足るものです。

それ以外に、真実はなにもありません。

身体を信頼すると、だまされます。
ある特別な心の状態を信頼すると、裏切られます。

常に変わることなくここにある、それを信頼してごらんなさい。
あなたを一度たりとも、裏切ったことがないそれを、
裏切るのはやめましょう。

それは、
ずっと以前から、
変わることなくここに在り、
開け放たれていて、
自由で、
生き生きと息づいている、意識です。
自らに気づいている意識です。

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愛は対象物ではありません


質問者     私には何よりも大きな望みがあります。
それは、愛の中にいたい、愛したいというものです。でもそれは、何よりも問題が生じやすい願望のようです。


ガンガジ    なぜ問題が生じるのでしょうか?


質問者     そうですねえ。


ガンガジ    本当に問題なのですか?

どのようなときにそこに問題が生じるのでしょうか?


質問者     自分でコントロールができないんです。


ガンガジ    そうですか。

ちょっと待ってください。


あなたの中から愛が溢れてくることを、コントロールができないことが問題なのでしょうか?

それとも、あなたがその愛を、ご自分であれこれとしきりたいけれど、それができないということが問題なのでしょうか?

どちらが問題なのでしょうか?

あなたが、愛する時、愛が溢れてくることをコントロールすることはできませんよね。
溢れてくる愛を止めることはできませんよね。

ただ、愛が溢れてくる、それだけでしょう?

たとえあなたが愛しているその相手が、
本当はとんでもない生き物であったとしても、

(会場笑い)


愛することを止めることはできませんね

そうではありませんか?


あるいは

その生き物がもう、他のとんでもない生き物を愛しているからだとか、

その生き物が、あなたと一緒には暮らしてくれないからという理由で、

あなたの中に溢れてくる愛を止めようとすることはできませんよね。


質問者    家につれて帰りたいのですが、できないんです。


ガンガジ    そう。
あなたと一緒に家につれて帰ることができない。
その通りです。
できないわけですね。

それに、たとえもし、その生き物を手に入れることができるかもしれないとあなたが思われても、
実際に手に入れてみると、
それはまったくどうしようもない生き物だったということが、後からおわかりになるのかもしれません。


(会場爆笑)


愛は生き物という対象ではないのです。


質問者   先週の金曜に、ここに来る途中に、
僕の先生を家に連れて帰りたいって思ったんです。
そうしたら、車のラジオの番組で、

「あなたは、やがて、真実の愛を見つけるだろう」
って誰かが歌っているのが聞こえたんです。


ガンガジ    真実の愛は真理と同じです。


質問者     ラジオの中の歌は、その愛が手に入れられなかったって歌っていたけれど、まさにそれが僕の気持ちだなあと、思いました。


ガンガジ    そうですね。

あなたは、ラジオの歌から、あなたに必要な言葉を聞いたのですね。

そしてそれを、真理におきかえてごらんになった。


質問者。。。。


ガンガジ    それでは、その先生のどこを愛していらっしゃるのですか?

家に連れて帰りたいのは、その先生のどういうところなのでしょうか?


質問者     そうですねえ。

ここに、こうやって出てきたから申し上げるんですけれど、


あなたを愛しているんです。


ガンガジ    わかりました。

それでは、この先生ですね。


どの先生でもいいのですけれど、

それがどのような対象物であろうと、

あなたが愛していらっしゃるのは、その対象物の何なのでしょうか?


質問者     二つ思い浮かんだのですけれど、

まずひとつは、
夢ですけれど、相手も、わたしのことを愛してくれるといいなあと。

ガンガジ     そうですね。わかります。


それが、問題なのですね。


質問者      はい。その通りです。


ガンガジ     それではもうひとつは?


質問者      何かわからないけれど、
この自由、
その愛の歓びの中で、自由でいたいというのかなあ。

ガンガジ     その通りです。

いまあなたは、真実を語られました。

『この人に、僕を愛してほしい』と思い始めると、そこに問題が生じる訳です。


それでは、、それを、脇にどけておいてください。


どうでしょうか?

そうするとそこに、歓びが残ります。

真理だけが残ります。


相手はあなたの名前すら知らないのかもしれないし、

もう二度とその人に会うことがないのかもしれません。

でも、
どういう訳か、
その人があなたの中に眠っていた愛を呼び覚ましたのです。


あなたの中にある真実の愛をです。


質問者    そうです。そうです。その通りです

それが何よりも素敵な気分なんです。


ガンガジ    そして何よりも重要なのです。


そこで、質問です。

あなたには、その愛そのものに、誠実でいようという意志がおありですか?


どうやって手に入れたいかとか、

どうしたら、自分のものにできるのだろうかとか、

どうやって放さずにつかんでいようかとか、

どのようにして自分をその人に売り込もうかとか、

そのように、堂々巡りを繰り返していたマインドに忠実でいる変わりに、

愛そのものに誠実でいることができますか?


愛は、もうすでにあなたの中に呼び起こされて、ここにあります。


それが真理だよと、ラジオの歌がスートラであるかのように聞こえたっとおっしゃいましたが、もうあなたの中に呼び起こされています。


あなたがお話しなさっていたコントロールとは、頭の中にある概念ですね。

『私がこの愛をなんとかしよう』とか、

『この人が私を愛してくれるといいんだけれど』だとか、

『この人が私を愛してくれるようにどうやって自分を魅力的に見せたらいいんだろうか』
というような、概念です。


そうなるともう、あなたは、愛そのものに栄養を与えてはいません。


よろしいでしょうか?

あなたが育てるのは
、今ここにある、愛そのものです。

愛は、ここにあります。

愛があなたの中に在る。


質問者    実際には、コントロールはできないんだとということが、世界中の何よりも美しいんです。


ガンガジ   まさにその通りですね。  


質問者    お会いできて嬉しいです。 


ガンガジ   私もお会いできてとても嬉しいです。

すてきなリポートですね。


私たちは、
お互いに名前さえ知らなくても、
将来がどうのこうのだとか、

その関係がどういう関係なのかを頭で理解していなくても、

関係などまったく何もなくてさえ、
愛の中にいることができるのです。
そうなるとその関係は単に、愛の関係ということになります。

まさに自由な愛です。

真実の愛です。

真実の愛はその瞬間にいることができなければ呼び覚まされることはありません。

愛はこの瞬間に存在するものです。

隠れていたり見過ごされていたり、
しっかりふたがされてしまっていたり、
否定されていたり、

または、理解しているかいないかというような、そういうものではありません。


真理はいつもこの瞬間に、存在しています。

今、ここにです。

 

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ただ愛を愛してごらんなさい


質問者    私の質問は、前の方のとほとんど同じなのですが、

ガンガジ   そう。
質問はいつも同じ。
そのことに気づいたことは素晴らしいですね。

質問は、みんな同じなんです。
ただ、質が違っていたり、趣が異なっているだけ。
ひょっとすると、趣も同じかもしれません。

質問者    実は私、癌なんです。
もしかすると、後2ヶ月余りの命かもしれないということに直面しています。

ガンガジ   そうですか。
とても生き生きと輝いていらっしゃいますね。

質問者    ありがとうございます。

ガンガジ   お身体のことはわかりませんけれど、
あなたのまなざしから、命が、生き生きと溢れていますよ。

皆さんいかがでしょう?
ご覧になってください。

質問者    生き生きとしていることは感じるのですが、
私の身体は死につつあるんです。

ガンガジ   そうです。
身体はどれも、死んでいくものです。
2ヶ月後かもしれませんし、20年後かもしれませんが、
みんな死んでいくのです。
身体には時間の制限があります。

でもあなたは、とても生き生きとしていると、感じていらっしゃる。
なぜ、そのようなことが可能なのでしょう?

質問者    さあ、どういうことなのか、さっぱりわかりません。

ガンガジ   何かがそのことを知っています。

どういうことなのかを理解している何かが、あなたの中におありです。

質問者    でもそれは、ほとんどの時間、
恐れによって覆い隠されてしまっています。

ガンガジ   そうですね。

では、たった今、この瞬間はいかがでしょう?

質問者    今この瞬間は、、、
こんなにたくさんの方々の前で、少しドキドキしています。

ガンガジ   そうですか。

それでは、
会場の皆様を、じっくりとご覧になってみてください。
しっかりと向き合ってご覧になると、緊張が少し楽になりますよ。

会場の皆さんがご覧になっているものをあなたもご覧になっているのです。

質問者    (会場に手を振り)
どなたかが私に手を振ってくださっています。

ガンガジ   彼らがご覧になっているものを、あなたもご覧になっているのです。

ほら、死にゆく身体が見えるでしょう?
いくつかはまだ成長中のようですけれど、、、。

(会場爆笑)

ガンガジ    ここにいらっしゃる皆様方の身体の中にも、
ひょっとすると明日には、もう消えてしまっているものがあるかもしれません。
あるいは、それは、1ヶ月後、2ヶ月後、10年後かもしれませんが、
誰にもわかりません。

これが、生存という現象の自然の姿です。
身体は現れ、やがてはみんな死んでいくのです。

でも、よろしいでしょうか、
あなたはそのようなものよりも、もっと深いところにある何か、
それを、ご存知なのです。

それがあなたの瞳の奥に見受けられるものです。

致命的な病気にかかっておられて、
身体が間もなく死んでしまうことをご存知の方々とお話をすると、
その方々の中に、あなたと同じような表情をなさっている方々がいらっしゃるんです。
そして、そのような表情がお見受けできない方々もいらっしゃいます。

あなたと同じような表情をなさっている方々は、
大変に貴重な、とてつもなく深い何かを発見された方々です。

あなたに意識的にお話ししていただきたいのは、そのことについてなのです。

質問者   癌にかかって以来私が気づいていることの一つは、
どれだけたくさんの方々が、私に愛を注いでくださっているかということです。

時にはそれが、痛みを軽くしてくれます。
軽くはならないこともありますが、
ほとんどの場合、私は価値があるのだという気持ちにしてくれます。

ガンガジ   価値がある。
つまり、あなたは愛を受け入れていらっしゃるということですね。

素晴らしいですね。

質問者   そのように、注がれた愛がいろいろな形となって、私をここに来れるようにしてくれました。

あるものは、ここにくるための飛行機の切符となりましたし、
あるものは、ここまで車でのせてくださるという形となりました。

また、あるものは、私が望んでいた通りに、今こうやって、あなたの手を握りしめるという機会を作ってくれました。

ガンガジ   そして、愛があなたのまなざしから溢れ出しています。

あなたは、いかなる訳か、愛を発見なさったのです。

質問者    はい。体験しました。

ガンガジ   そうですね。

あなたは愛を体験なさった。

これは、私が、真理を体験したことと全く同じことなのです。

私は真理を発見しました。
あなたは、愛を、、、
真実の愛を体験なさることによって、あなたの本質を体験なさったのです。

あなたは、あなたの身体のことをよくご存知でしょうが、
この愛は、あなたの身体よりももっと近いところにあるのではないでしょうか?

質問者    はい。そうです。

ガンガジ   そうです。

質問者    恐ろしい部分は、身体です。

ガンガジ   そのとおりです。
身体が恐ろしい。

恐れはそこにあるのです。

質問者    自分でコントロールができません。

ガンガジ   そうですね。

でも、愛はいかがでしょうか?

質問者    愛は、、、、

愛もやっぱりコントロールできません。
でも、それは、コントロールする必要がありません。

ガンガジ   まさしくそのとおりですね。

そのとおりです。

質問者   先ほど質問をなさった男性がおっしゃっていたことは、なんとなくわかりましたが、あなたが読まれた手紙の方に、私は共感を感じます。

つまり、
私はまだ、癌を愛することができないのです。

まだ余りにも恐ろしくて、、、。

ガンガジ   ただ、愛を愛してごらんなさい。

質問者    えっ。
ああ、そうですか。

わかりました。

ガンガジ   それは簡単でしょう?

質問者    はい。簡単です。

簡単ですが、ただ、癌はその、あまりにも、恐ろしくて。

ガンガジ   心配なさらなくていいんです。
癌を憎んだって、嫌ったってかまわないんですから。

全く問題ありません。

質問者   えっ????

ほんと???

ほんとうですか???

(会場笑い)

ガンガジ   ええ。

質問者    私はてっきり、先ほどの方が手紙に書かれていたように、
愛することを学ばなければならないのかと思っていました。

ガンガジ   私たちは、
常に何かにならなければいけないと、思い込んでいるのです。
そのように考えるようにずっと訓練されてきたからです。

『あらまあ、大変!まだそれは体験していない!
なんとかして体験しなくちゃ!!』
というようにです。

そしてそうこうしているうちに、
今体験していることに気づかずに見過ごしてしまうのです。

今あなたがお話しなさっている、このような場合は、
悲劇的な見過ごしです。

なぜなら、体験なさっているのは、愛なのですから。

質問者   ああ、、、
ありがとうございます。

本当にありがとうございます。

憎んではいけないのかと思っていました。

(会場笑い)

ガンガジ   そうですね。

憎むのは悪いことだというふうに、私たちは考えてしまっています。

質問者    皆さんには滑稽だろうと思いますが、
私にとっては本当に大変だったんです。

ガンガジ   皆、同じ問題をかかえています。
みんな同じなんです。

『憎むのは問題だ。だから憎むことは間違いだ』
というふうに、決めつけてしまうのです。

けれど、そうすることで、かえって、憎んでいるものに釘付けになってしまい、
愛を見過ごしてしまいます。

もしもあなたが、
憎しみを体験なさっているのなら、
憎めばいいのです。
そうすれば、
それをどうこう処置する必要がないですね。

そうすれば、憎しみを押し殺す必要もなく、否定する必要もないですね。
そして、憎しみのために、苦悩する必要もなくなります。

それをそれとして受け入れれば、憎しみはもう、大きな問題ではなくなるのです。

そうなれば、愛を知ることができます。

質問者    最高に素晴らしいことをうかがいました。

ガンガジ   真理です。

皆、憎しみを、、苦しみと同じように、
敵にしてしまっているのです。

そして、
敵は、追い出さなければならないと、いい続けてきたのです。

そう思っていますから、あなたの中に、憎しみがあることなど、
誰にも絶対に知られたくないでしょう?
だって、誰かに知られたら、
今度はあなたが追いやられてしまうかもしれませんものね。

それともあなたは、こんなふうにおっしゃるのでしょうか、、

『なんていうことだろう。私の中に憎しみがわき上がってきたぞ。
私って、なんて嫌なやつなんだろう。
最低のやつだ。
これはなんとか学ばなければいけないぞ、、。』とね。

忘れてしまいましょう。
何もかもが、条件付けの一部です。

質問者    ありがとうございます。 

ガンガジ   何が憎しみよりももっと近く、もっと深淵で、もっと真実なのか、
そのことに気づくこと。

ただ、それだけです。

それは、
『それ自身の時』のなかで、
憎しみの面倒をちゃんとみてくれることでしょう。

そうなったとき、憎しみはサットサンに(真理との出会いの集い)喜んで迎え入れられます。
喜んで、愛の中に迎え入れられます。

憎しみは、孤立したものではありません。
死の収容所へと送られなければならないようなものではありません。
もう二度と見たくないからと言って、
木っ端みじんに吹き飛ばしてしまわなければならないようなものではありません。

愛は憎しみをも、暖かく歓迎します。

マインドには、
二項対立という性質がありますから、
『愛』対『憎しみ』というように対処するのですが、
でも、愛はそうではなく、憎しみをどうしたらよいのかを、とてもよく知っています。

質問者    素晴らしい!

ガンガジ   素晴らしい。
その通りです。

質問者    私、もう、死んでも大丈夫のように感じます。

ガンガジ   大丈夫以上のようにお見受けしますよ。

質問者    大丈夫以上ですか?

どのような意味でしょうか?

ガンガジ   そうですね。

それは、
語られたことがないのです。

愛という言葉は、それを表現するための、本当に小さな言葉です。

でも、それがあなたの瞳から、溢れ出しています。
あなたの命は十分に生かされましたね。

質問者   ありがとうございます。
ありがとうございます。皆さん!








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ただ愛の中にいてごらんなさい


質問者   14ヶ月前、生まれたばかりの赤ちゃんを、養子にしました。

独身の私には、ずっとそれが夢でした。

そして、この子が与えてくれたものは、

私が、子どもというものに持っていた夢以上に、もっともっと計り知れないものでした。

そういったことは、以前から、他の親たちからも聞いていましたが、

それはもう、あまりにも甘くて、本当に素晴らしいものでした。

私は愛のなかにいると感じるんです。

 

でもそのことに気づいた時、

自分に何度も言い聞かせています。

「彼に、 頼っちゃいけないわ。

笑いや、喜びや、楽しさを、彼に依存しちゃいけないわ。」

 

そう言い聞かせてはいるのですけれど、

甘いできごとが、次々と起きて、、、、

 

そうして、

私は彼にますますのめりこんでいっています。

 

ガンガジ    あなたは、

どんどん深い愛の中に入って行かれているのです。

 

そして、その、「彼に依存しちゃだめだ」という警告ですけれどね。

それは全部忘れてしまってごらんなさい。

 

質問者    忘れるですって???

 

ガンガジ    その通りです。

 

今ここで、深い交流がおきる可能性があるというのに、

それを避けるための言い訳ですね。

 

質問者    でも、私の中の何かが、

「彼は『源』ではないのだから、

もしも彼を源だとして依存すると、ある時きっと傷つくぞと、」

 

ガンガジ    そうね。

 

これが、避けていると申し上げている意味なのです。

あなたがおっしゃっている『源』と、 彼の間に何の違いがあるのでしょう?

彼は、源からどのくらい離れているのでしょう?

 

質問者   私がここでお話ししているのは、彼のことではありませんよ。

私に関することです。

 

(笑い)

 

ガンガジ   はい。それはわかります。

何をご心配なさっているのかはとってもよくわかりますよ。

 

質問者    この子は、源と繋がっているんです。それはもう。

 

ガンガジ   もちろん。そうでしょうとも。

 

あなたをこの愛の中にどっぷりと浸らせてご覧なさい。

そうすれば、このつながりが、
あなたの本質、

つまり、

あなたが本当は何であるのかを教えてくれるでしょう。

 

知識や、頭での理解で、

そうすることにを引き止めてしまわないでください。

 

これは、あふれるばかりの祝福ですよ。

 

質問者   そうなんです。祝福なんです。

 

でも、私の中のある部分が、

「いつか必ず、傷つくぞ」って、ささやきかけるんです。

あのおなじみの物語です。

 

ガンガジ   そうです。おなじみの物語ですね。

 

あなたがおっしゃる通りです。

 

傷つくでしょうね。

 

でもね、傷つく価値がありませんか?

傷ついても、かまわないのではありませんか?

 

質問者   やっぱり。それが答え。

 

この質問をあなたにしたときに、答えはもうわかっていましたよ。

あなたが、絶対そうおっしゃるだろうなって、ちゃんとわかっていたんだから。

 

(爆笑)

 

ガンガジ   でしょう???

そうでしょうとも。

もちろんわかっていらしたでしょう。

 

その通りです。

特別に深い関係の場合、

特に親子の関係はそうですが、

傷つくのは当たり前なのです。

 

でもね、だからといって、一体、どうなのでしょうか?

 

それがなんでしょう。

 

皆さんは、傷つくことがまるで、世界の終わりのように、

思っていらっしゃるようですが、

でも、傷は傷でしかありません。

どんなに傷ついてもいとわないという決心の深さに応じて、

深く愛を体験します。そして、愛されます。

愛から学びを得ます。

傷つくことから学びを得ます。

傷はあなたに、

そこから「目をそらすように」とは、教えていません。

 

忘れないでね。彼が『源』ではないのです。

源とは、

あなたが、彼にぞっこんだという、その愛そのものなのです。

 

神秘的なことに、この子は、

自分が源とかけ離れた存在だなんて想像したこともないでしょう。

それなのに、彼が源ではないというようにあなたが考えることで、

時間を無駄にすることはないのではありませんか?

 

(会場 笑い)

             

質問者   彼が源とかけ離れていると、

私が勝手に想像しているとおっしゃっているのですか? 

彼が源と離れているなんて、私、想像もしていませんけれど。

 

ガンガジ   彼がどうのこうのということは、すべて忘れてください。

 

あなたは今、

「あなたが彼を愛すると、あなたの中で何かが、

彼は源じゃないから、気をつけるんだよと、告げる。」と

おっしゃったように思いましたが違いますか?

 

あなたは、彼という形に執着するのを恐れた。

そうではありませんか?

 

質問者   そうです。そのとおりです。

ますますエスカレートしてしまうんです。

 

ガンガジ   忘れておしまいなさい。

 

しっかりと、徹底的に、執着してご覧なさい。

 

質問者    。。。。。。。。。

 

ガンガジ   以前私に、こんなふうにおっしゃった方がおいででした。

「パパジという、彼の形に執着するのは怖くはなかったのですか?」

それで、私は、申し上げたのです。

「ついに、自分自身が何かということをご存知の方に、そして源とひとつである方にお会いできたというのに、

その方に執着することを恐れなかったかと、私にお聞きなのですか?

あなたがおっしゃる執着とは、

つかまえたらはなさずに、両手でぶら下がる、とかいうような、そういう意味ですか?」とね。

 

確かに、

彼をコントロールしようとしたり、

私の望み通りに彼に行動して欲しいと期待したり、

私が望むような形で私という存在に気づいて欲しいと思うと、

その度合いに応じて、私は傷つきました。

 

でも、

状況にすっかりゆだねてしまわずに、

自分でコントロールしようとするから、傷はあらわれるのだ、

という事を見る事ができるようになってくると、

傷さえも、いろいろなことを教えてくれる先生だったです。

 

質問者   そうなんです。わかりますよ。

私もそれをやっていますから。

 

赤ちゃんが私の存在に気づかないと、

「ねえ、ねえ、こっちをみてよ!」

って、思うことがありますから。

 

(笑い)

 

ガンガジ  それはそうでしょうとも。

だってあなたは、

とってもすてきな、お母さんですもの。

 

もちろんそのことに気づいて欲しいでしょう。

 

私も、パパジに同じことをしたのです。

「ねえねえ、私を見てちょうだい。

私が一番でしょ。あなたの可愛いむすめよ。ラララ」

 

そうすると、パパジは、

「こりゃ、ひどいや」って

ひいちゃうんです。

 

(爆笑)

 

あたりまえですよねえ。

そりゃあ、ひいちゃいますよね。

 

だけれど、関係ないんです。

そういうこととは。

 

愛が、愛そのものを愛しているんです。

おわかりですか?

 

ここにその子がいる。そしてここに愛がある。

それだけです。

 

なんという神秘でしょう。

あなたたちがいっしょにいることになったこの神秘を、

どのような言葉で語ればいいのでしょう。

 

あなたたちお二人にとって、どれだけ大きな祝福であることでしょうか。

なんという吉兆でしょう。

 

ですから、私があなたに申し上げたいことは、

この愛を信じてごらんなさいと、それだけです。

 

スピリチュアルな世界の路線がそうだからといって、

 

(笑い)

 

ご自分のマインドの評価を信頼するのではなく、

ただ、愛を信頼してご覧なさい。

それがあなたを傷つけるのだとしたら、

徹底的に傷ついて、壊れてしまってご覧なさい。

 

質問者   ああ。。。

 

ありがとうございます。

ありがとう。

 

ガンガジ    とっても嬉しいわ。

あなたの人生への素晴らしい祝福ですね。

すばらしい幸運ですね。

 

答えを知っていたとおっしゃったけれど、そのとおりです。

単に、誰かに確認したかっただけですね。

そして、これこそが、答えなんです。

 

これがあなたのご質問の答ではありませんか?

 

そう。

愛です。

 

これが答えなのです。

 

すすんで、愛を信頼することができますか?

マインドであれこれとそれをコントロールしようとなさらずに、

徹底的にそうできますか?

 

本当にできますか?

 

会場からの声    はい。できます。

 

(笑い)

 

ガンガジ    ああ、よかった。よかった。

 

そうすれば、どれほどマインドからいろいろなものがやってこようと、

それは即座に消滅していきます。

そしてそこに、愛の中に生きるという可能性が見えてくるでしょう。

それは、

愛している誰かをコントロールするというようなことではありません。
愛の中に生きる ということです。

 

そういうことが本当に可能です。

たった一人の例外もありません。

皆様に可能です。

 

そうなると、愛が先生です。

コントロールするのではなく、愛そのものに完全に委ねると、

愛が、グルとなります。

 

愛が、あなたが本当は何であるのかを教えてくれるでしょう。

 

 

 

 

 


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