絶対的な強さとは | ガンガジとの対話
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絶対的な強さとは


昨日、ある方がこのような質問をなさいました。

 

『私はこの絶望的な状況をきりぬけられるほど、自分が強いかどうかわかりません。』

その方は今、何か大変に厳しい状況の中にいらっしゃるとのことでした。

 

重要なことなのでお話しします。

と申しますのは、

私たちはだれでも、時に、このような感覚に襲われることがあるからです。

 

『今の状況を切り抜けることができるほど、私は強いのだろうか。』

そうおっしゃったその方は、とても強い女性です。

彼女の状況がどのようなことであり、彼女が切り抜けなければならないことがどういうことであるのか、それについて私は知りません。

 

でも今、ここにいらっしゃる皆様が、

幻想を手放したいと思われ、あらゆることから自由になるためにいらしているのでしたら、

幻想を手放す強さというのは、すべてをゆだねることの中にしかない、と申し上げましょう。

 

それがたとえどのような幻想であったとしてもです。

 

それが、あなた自身でコントロールできるように感じられる幻想であったとしても、または、あなたの周りの方々がとる行動、という幻想であったとしても同じです。

 

あなたがゆだねてご覧になったとき、強さはもともとあったことがおわかりになることでしょう。

 

もし、あなたが、

幻想から自由になるために、自分で何かをしなければならない、という幻想を抱いていらっしゃるのでしたら、

 

(会場笑い)

 

そこには、何かをしければならないという、『あなた』の努力が必要になりますね。

 

でも、そうではないのです。

 

ごく単純にゆだねるだけでいいのです。

心を開くだけです。

そうすると、もう、

強さがそこにあることがおわかりになるでしょう。

 

強さとは、それが私たちにあるのかどうか、などという、概念とは全く関係ありません。

なぜなら、そこでは、誰かが何かを行っているわけではないからです。

単に、開け放たれた空間がそこにあるというだけです。

だれかが何かをして、開け放つわけではありません。

 

最終的なものです。

途中の過程ではありません。

 

開放は、ゆだねることでやってきます。

きっと、皆さんは、そのような状態を経験なさったことがおありではないかと思います。

 

ただ、そのような経験をすると、人間の頭脳はとたんに

「もういちど、やってみよう」と考え始めます。

そして、パターンを作ったり、方法を考えだそうとするのですが、実際にはそのための手段はありません。

 

開くための方法はありません。

 

開くのをためらっていたり、開かなければならないと考えていたり、開こうと努力なさっているのかもしれませんが、

開くためには、あらゆる手段を投げ出すしかないのです。

 

開かれた状態を手に入れるのではありません。

ただ、開け放たれた状態でいる、のです。

 

ですから 仮にそのような表現をしたのですが、実際には、強さという表現も正しくはないわけです。

 

何もかもを失ってしまうわけですから、手放すには、強さが必要な感じがしますが、失うものは、どうせ偽物でしかありません。

 

それがどのようなレベルであるにしても、あなたには、ありとあらゆる幻想を手放すために必要な絶対的な強さがあるのです。

 

幻想は、『真実』ではありません。

体験していたときには重みがあったのかもしれませんが、実際には重みがありません。

 

『私に強さがあるかどうかわからない』と、

私を呼びとめられた方が今ここにおられるのでしたら、お礼を申し上げます。

 

そのような感情が再び現れたら、そこで立ち止まって、待ってご覧になってください。

 

普通はそのような感情が表れると、逃げたり、戦ったり、それを感じないようにしてしまいます。


でも、ただ、あけ開いてみてみましょう。

強さというものがどこにあるのかということを。

 

私たちが、誰かの幸せに対して、 たとえば、子供の幸せや親の病気に対して責任があると考えたり、じぶん自身や、世界の平和に対して責任があると考えるのは興味深いことですが、

私たちにある本当の責任とは、真実の人間としての開かれた状態でいることに対してです。

 

 

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