無条件に自分を愛するにはどうしたらよいでしょうか?
2010.08.08 Sunday 10:47
質問者 あなたにお会いできて嬉しいです。
ガンガジ 私もあなたにお会いできて、とても嬉しいです。
質問者 実は、去年の夏、子宮がんの手術を受けたのですが、手術後に使用された薬にアレルギー反応を起こして死にかけました。 私の意識ははっきりしていたので、医療チームが、私の身体をなんとかしようとしている間、すべてを観察していたのですが、そのときの私は完全に平安で、『何が起きたとしてもまったく大丈夫だわ』と感じていました。
24時間の絶対安静の後、私の身体は回復したのですが、しばらくの間は、あのできごとを思い出すたびに、あのような状況の中で、まったく平安でいられたということは、なんてすばらしいことだろうと思いました。というのも、あのとき、私は、 私のまわりの特に親密な人々との関係に関して、私には何も思い残すことや、やり残したことがないように感じられたからです。
ところが、その後2、3ヶ月経ち、元の生活に戻ったわけですが、私の中に、怒りや嫌悪感やあらゆる否定的な感情が、また前と同じように起こっているのが見えるのです。
どのような状態のときにも、自分を愛するにはどうしたらよいのでしょうか?
ガンガジ すばらしい質問ですね。
完璧でないときにも、自分自身を愛するにはどうしたらよいか。
とても重要ですね。
会場の皆さんには、いかがでしょう。
重要ではありませんか?
(笑い)
ガンガジ 無条件に自分自身を愛するにはどうしたらよいか。
質問者 そうです。
ガンガジ それではうかがいます。どうしたらよいでしょうか?
質問者 。。。。。。。。
ガンガジ あなたご自身の深いところに問いかけてごらんになると、どのような答えがあらわれるでしょうか?
質問者 まずは、、、、
今いるところに止まり、
そして、何が起きているかを観て、
それから、何が真実であるのかを問いかけて、、それから、、、、
ガンガジ そうですねえ。
それは、ちょっと複雑すぎませんか?
もっと、単純な答えは何でしょう。
質問者 深い静けさの中に、ただ居て、
何もかもが大丈夫だということを観る。
ガンガジ もしかすると、もっともっと単純かもしれませんよ。
質問者 ウ〜ン。
なんだろう?。。。。。。。。。
え〜と。
何も思い浮かばない。。
頭が真っ白になってしまって、、。
(笑い)
ガンガジ そう。この、今の瞬間です。
あなたは、何もしていませんでした。
自分のマインドを観ることもせず、
息をすることも、
考えることもわすれてしまった一瞬がありましたね。
質問者 (笑い)
それはそうですが、、、私は、、
え〜と、え〜と、つまり、、、、、。
(笑い)
単純だとおっしゃるけれど、
私の頭の中には、考えがすぐに戻ってきてしまいます。
ガンガジ それではね、
いかがでしょう。
あなた自身をいつもかわらず愛さなくてはならないなんて、どこのどなたがおっしゃったのでしょうか?
あなたのご主人を、いつも、どんなときも愛していらっしゃるのかしら?
質問者 いいえ。
それは、そうではありません。
ガンガジ そうでしょう?
ご主人を、嫌いな時って、おありではありませんか?
質問者 はい。
ガンガジ 嫌いな時は、嫌えばいいんです。
あなたご自身のことがお嫌いなように。
(爆笑)
質問者 それをうかがいたかったんだと思います。
ガンガジ でもね、彼を愛していらっしゃるでしょう?
質問者 はい。そのとおりです。
ガンガジ あなたは今ね、
感情というレベルのことを、ここでお話なさっているのです。
感情は感情でしかありません。
天気と同じで、移り変わります。
感情を感じているときは、真理を感じていないわ。
とおっしゃるかもしれませんが、
感情よりももっともっと深いところに、真理、真実があります。
感情がどうあろうと、
あなたがどのように感じていようと、
真実は存在し、変化することがありません。
ある感情はとても心地よいものですが、中には、とても居心地の悪い感情もあります。
でもそれは、気候とおなじです。
心地よい天気もあり、全くそうではない天気もありますよね。
人間と呼ばれるこの動物の感情を、感じることを許してみてはいかがでしょう。
感情がどのようであれ、もっともっと深奥の核心に、
命の炎、真実があります。
質問者 常に完璧でいたいという女の子が、ここにいるんです。
ガンガジ そうですね。
その子は、どこにいるのでしょう?
質問者 作りあげられた、偽物です。
ガンガジ あなたがおっしゃる完璧さは、どこからやってきたのでしょうか?
皆さんは、イエスが、完璧だったと思われますか?
私たちが教わってきたように、まったく完璧だったのでしょうか?
いいえ。そうではありません。
あなたのまわりに、彼のことをよく知っていた女性たちと同じような女性たちがいらっしゃるでしょう。
(笑い)
ブッダはどうでしょう?
彼の奥さんと子供に聞いてみたらいかがでしょう?
みんな捨てて出て行ってしまいましたよ。
(笑い)
ラマナは完璧だったでしょうか?
お兄さんに聞いたらおわかりでしょう。
お兄さんのお金を盗んで、家出をしたのですよ。
ですからね、
私たちには、完璧という概念があるんです。
先ほど、理想について話がありましたが、
とても危険です。
幼稚だからです。
私たちは、理想像を心に思い描き、
それをめざしてがんばりますが、
理想をつかみとることはできません。
なぜなら、
理想像とは、作り上げられたもの、
偽造されたものだからです。
私たちはどうあるべきか、
彼らはどうであるべきか、
あれや、これは、どうあるべきか、
神とはどうであるべきか、というように、
理想像を追いかけて躍起になっていると、
私たちの人生は、どんどん、どんどん小さく狭くなっていきます。
理想化は、誤りです。
あなたの人生を盗み取ってしまいます。
理想像は、あなたの知識が作り出しています。
『どういうふうであるべきかは、私がよく知っているわ。』
『どういう私であるべきかは、私がちゃんと知っているわ』
『こういう場合に、こんなふうに感じるべきではないことはちゃんとわかっているわ』
『もし私が悟っているのなら、こんなことを考えるはずがないわ。』
という具合ですね。
(笑い)
どうでしょう。
とっても重いでしょう?
先ほど私が、
あなたのご質問をあなたに問い返したとき、
『いったい、なんと言っていいのか、さっぱりわからない』
というその一瞬がおありだったようにお見受けしました。
どうすべきかわからず、どんどん突き詰めていかれたけれど、
まったくわからなかった訳ですよね。
その瞬間は、完璧ではない瞬間でした。
もちろん、
私たちの頭の中には、
どうするべきか、どうすれば完璧か、という概念が刷り込まれていますから、
当然、考えはすぐにわき起こってくるでしょう。
そんなものは、もう私の中にはないのよ
と、言ってみたところで、
わき起こるものは、わき起こるでしょう。
しかし、
その瞬間、
どうしたらいいのか、さっぱりわからない、
何がなんだか、わからない、という、
そういう不完全さを、ご自分に許し、
わからないままでいる。
完璧でないままでいる。
まったくお手上げの状態、
完璧になりたいけれど、ほんのすこしも希望がないままでいる。
そうすると、
いかがでしょう。
重荷がなくなりませんか?
とっても自由ではありませんか?
その瞬間は死に直面する瞬間です。
決して死なないという、あなたの肉体の理想。
それがなくなったなら、
残るのは死です。
平安ですね。
私たちの思考は、常に『それ』をつかみ取ろうとします。
真実、平安、愛、、なんと表現してもかまわないのですが、
『わかっているわ。無限でしょ。』という具合にです。
(笑い)
けれども、どのような考えも、『それ』を封じ込めることなどはできません。
ですから、すべて忘れてしまってごらんなさい。
そうすれば、瞬間的に自由になります。
生き生きとするでしょう。
目覚めは、あなたの考えや概念、知識や理解など、脳の行為から自由なのです。
私が申し上げているのは、要するに、
あなたの考えを信用しないということです。
思考よりももっと、深いところにある、
『それ』を信頼することです。
思考を嫌悪したり、どこかに追いやってしまう必要はありませんが、
思考を信用しないことです。
昨日、何が本物であるのかということを、どなたかがお話しくださいましたが、
パパジはこのように表現なさいました。
『ほんものとは、
変化しないものだよ。』
そうです。
真実は、現れたり消えたりしません。
変化するものは、真実ではありません。
私たちは、全く逆に考えていますね。
椅子やテーブルや、人や、感情といったものを、本物だと考えています。
しかし、それらは消えてなくなることがありますね。
現れたり、消えていったりしないもの
それはなんでしょう。
それこそが、信頼するに足るものです。
それ以外に、真実はなにもありません。
身体を信頼すると、だまされます。
ある特別な心の状態を信頼すると、裏切られます。
常に変わることなくここにある、それを信頼してごらんなさい。
あなたを一度たりとも、裏切ったことがないそれを、
裏切るのはやめましょう。
それは、
ずっと以前から、
変わることなくここに在り、
開け放たれていて、
自由で、
生き生きと息づいている、意識です。
自らに気づいている意識です。